“富士講の宿” 御師の家に泊まってきた【大鴈丸 fugaku wood works x hitsuki guesthouse & cafe】

 2017/07/16  2019/08/04

江戸時代に富士登山者を泊めていた『御師』という職業を、みなさん知っていますか?今回、その御師の家に泊まってきました。歴史的にも興味深かったので、まず御師のまちからレポートしていくことにしましょう。


動画で“御師のまち”を紹介

富士山の山梨県側に『吉田口』という登山口があります。道路の整備に伴い、今では簡単に富士山五合目からの登山を楽しめますが、江戸時代にはもっと麓からの登山が当たり前でした。その“スタート地点”でもある現在の富士吉田市上吉田は、登山者を支える『御師のまち』として発展しました。

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こちら富士急行の富士山駅(標高809m)の近くには、俗界と富士山の世界を隔てるという『金鳥居』があります。写真に写っているのは駅ビルの“なんちゃって鳥居”なので関係ありません。

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富士山駅の駅ビル『キュースタ』に掲示されている周辺マップ。今でも、当時と同じルートで登山を楽しむ人たちがいるみたいです。

金鳥居
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メインストリート(国道137号)に出ると、さっそく『金鳥居』と対峙します。鳥居の奥に、富士山の姿がちらっと見えますね。いわゆる“聖域”に足を踏み入れます。

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かつて鳥居の脇に立っていた、山梨中央銀行の看板を知っていますでしょうか。あの見慣れた看板が外されたのは、ここ最近のことだそう。

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今回、御師のまちを散策するにあたって、案内ガイドツアーを利用することにしました。

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ガイドしてくれるのはこちらの勝俣さん。頼もしい。

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富士吉田市のマンホール。

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休憩所に立ち寄り。こちらは誰でも入れます。

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上吉田の町並みを俯瞰できるジオラマがあります。

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当時の建物を再現。

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金鳥居から北口本宮冨士浅間神社まで続く道。最盛期には、86もの御師宿坊が軒を連ねていたそうです。さぞにぎやかだったでしょうね。

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御師の家がすでに営業していた場所に、新たに御師の家を営もうとする人々が出てくるなど、相当盛んだったようですね。この区画は今も残っていて、江戸時代からほぼ変わっていないそうです。この道、実は北口本宮冨士浅間神社にまっすぐ接続はしないのです。

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かつては、神社の鳥居へつながるように町ができていました。しかし雪崩などの自然災害が相次いだため、数百mほどずらした現在の場所に引っ越したそうです。かつてのその場所は『古吉田』と呼ばれています。

旧外川家住宅
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さて、こちらは重要文化財の旧外川家住宅。世界遺産の構成資産にもなっています。屋敷まで続くこの長い引き込み道は『タツミチ』と呼ばれています。

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富士講信者を支えてきた歴史を色濃く残す御師住宅です。

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旧外川家住宅の後継人である原さんが、建物内を案内してくれます。

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家を支える柱には『天御柱』『国御柱』など、貴重な文字が残っているのだそう。肉眼では見にくいため、パネルで説明。

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お風呂場。

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登る前に記念の一枚、といったところでしょうか。

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御師の家にはこのように“御神前”があるといいます。その左隣に鎮座するのは、富士講の指導者 食行身禄さん(じきぎょうみろく:1671 – 1733年)の像。富士山七合五勺目(現在の8合目)で即身仏になったんだとか。

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富士講信者の衣装である白装束。当時は、死を覚悟しながら登っていたという。

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どんどん進む原さん。原さんは『竹屋』という御師をされているかたわら、親戚筋の関係から、こちらの旧外川家の管理にも携わってるとのこと。

御師旧外川家住宅

富士講の人たちが使う夕食のお膳。よく泊まる講社のお膳は、宿に常備されていたのだという。あらためて説明ですが、

こう‐しゃ【講社】:同じ神仏を信仰している人々で結成している団体。講。
(デジタル大辞泉より)

とのこと。江戸を中心とした各地に、富士山を信仰するための講社『富士講』ができていったんだそうです。

富士講御師

山の下に“包む”と書かれているように見えるのが、講社の家紋にあたる『講印』。どうやらこのお膳は、千葉の講社のものらしい。

旧外川家住宅をあとにして、ふたたび勝俣さんのガイドで上吉田を歩きます。

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このように通りに入口が面してはいるものの、

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屋敷まではとても長いストロークがあります。

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ここも長いタツミチ。この先には『竹屋』がある。ちなみにタツミチがあるのは当初からある古い御師(本御師)の証拠であり、比較的新しい御師(町御師)は通りに面しているのが特徴です。

北口本宮冨士浅間神社
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さて、北口本宮冨士浅間神社にやってきました。ちなみにこちらでは“うかんむり”ではなく、“わかんむり”の【冨士】が正しいとのこと。巨大な杉がうっそうと茂っています。

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こちらの鳥居も、金鳥居のように大きいです。

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慶長15年(1610年)、富士講の開祖 角行東覚さん(かくぎょうとうかく:1541 – 1646年)が、荒行をしたという岩。69歳の身でありながら、極寒のなか裸で岩につま先立ちをし続けるという、なんでそのやり方を思いついたのかを聞いてみたくなる修行をしたそうです。

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長い参道を進むにつれ、次第に自動車の音が聞こえなくなります。

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また鳥居が現れました。こちらの看板(扁額というそうです)には、『三国第一山』の文字が書かれています。三国とは、中国・インド・日本を表していると言います。

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このように、鳥居の柱を支える稚児柱のあるものは『両部鳥居』と呼ばれるそうで、神仏習合の名残とのことです。

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鳥居をくぐると、まず神楽殿が目に入ります。夏になると、こちらで薪能が行われるようです。

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欄間に干支があしらわれています。東面には、子・丑・寅がいます。

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七夕の時期ということで、願い事の書かれた短冊を付けられるようになっていました。

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みんな大好き、茅の輪くぐりもあります。正面の拝殿は、富士講の先達 村上光清さん(むらかみこうせい:1683 – 1759年)が私財を投じて作ったものであると言われています。

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脇から裏手に回ります。豪奢な拝殿の奥には、作りの小さな本殿があるのがわかります。

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本殿の真裏には、伝説の名工 左甚五郎さんが作った大黒天さま、恵比寿さまが鎮座ましましています。勝俣さんによると、観光客はなかなかここには来ないとのこと。

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神社を通り抜けるように、富士山吉田口の登山道があります。

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重要文化財の西宮本殿。

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ここを通って登山に臨むことで、神様から守られている感じがしてきそう。

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毎年7月1日にはここで『開山祭』が行われます。

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諏訪神社。毎年8月26日に行われる鎮火祭(吉田の火祭り)で使われる神輿は、ここを出発します。

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二基の神輿が、こうして展示保管されています。富士山型のものは“お山さん”、ノーマルタイプのものは“明神さん”と呼ばれているらしい。

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この碑が世界遺産登録の決め手になったのだとか。ここでガイドの勝俣さん別れ、食事をしたいと思います。

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勝俣さんにすすめられたふじ山食堂。にて、馬肉ではなく豚肉を使った『富士登山うどん』(600円)をいただきました。吉田うどん独特のコシのある麺。

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味噌ダレ付き。

御師のいえ《大鴈丸》

さて、今夜の宿の『御師のいえ 大鴈丸』(おおがんまる)に着きました。

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表通りにはカフェ風の立て看板。

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ヤーナ川って何でしょう?

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タツミチを進みます。

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屋敷の手前に水路が流れています。こちらがヤーナ川とのこと。

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富士講信者が御師の屋敷に入る時に、ここで身を清めたのだとか。

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ご主人の大鴈丸さんが出迎えてくれます。お若いです。かつては富士講の信者が泊まっていた御師宿坊を、複合型ゲストハウスとして2016年に復活させたとのこと。

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木工職人でもあるご主人が開設したショールーム『fugaku』と、カフェ&ゲストハウスエリアの『hitsuki』で構成されています。完全に余談なのですが、宿帳を記入しているとビックリ。僕はいま東京に住んでいるのですが、ご主人がかつて住んでいたエリアと〇丁目まで一緒とのこと。近所のスーパーですれ違っていたかもしれないと思うと、世間の狭さを実感します。

 

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宿の中には、奉納札や装束などが資料として展示されています。

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かつて使われていた配電盤。ご主人の木工作用場が別棟であるのですが、昔はそちらも宿舎として使われていて、その電源をここで管理していたのだとか。

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規模は縮小されたとのことですが、“御神前”も残っています。

おおがんまる富士吉田

こちらはカフェ。

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奥様が腕を振るうカフェおやつも本格的。現在、日曜日と月曜日のみのオープンとなっているようです。

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お風呂場は男女兼用のようです。

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真新しい木目が印象的な脱衣所。

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バスアメニティもひと通り揃っていますよ。

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トイレも新しくて清潔です。

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大所帯の講社でも泊めることができる広さです。

御師のいえ大鴈丸
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薪がたくさん。

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個室。クーラーはありません。もちろんコンセントは完備。ヤーナ川の水の流れを聞きながら眠れます。

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天井の板が新しいですね。御師住宅の風情を活かしつつ、ところどころリノベーションされているようです。

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宿泊料金は4,200円。ドミトリータイプだと3,500円になるようです。歴史に興味のある人は、ぜひ泊まってみるといいと思います。

御師のいえ《大鴈丸》fugaku wood works x hitsuki guesthouse & cafe

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