上京した両親にAirbnbを使わせてみたら『東京物語』を思い出した話
私事ですが、去年の10月に両親が観光で上京するという話になりました。そのとき、東京在住の僕に父はこう言いました。
「飛行機とホテル、安くていいからとっといて」
よしわかった、飛行機はLCCでいいか。さて、ホテルはどうしようか。
よく考えてみたら、東京住んでるのに東京のホテルなんて泊まらないだろ。「安くていい」ってなんだよ。「高くていい」だろ。安さを求めてみんな必死なんだよ。めんどくさいこと任すな、と言いそうになった僕ですが、楽しんでもらいたいという気持ちがないわけではありません。
基本的に僕の父は安さ至上主義みたいな人間なので、旅費を安く上げてあげたらきっと喜ぶはずです。聞いてみると1人あたり6,000円位が希望とのこと。でも、安ければ安い方がいいし、できるだけ駅近で、とも言っていました。聞けば聞くほどわがままになっていくので、もうあまり聞かないことにしました。
ふと、『民泊』はどうかと思いました。今話題、というかこれから主流になるかもしれないでしょ。上京する両親に、自分でもしたことのない民泊させるってオモロいやん。というわけで、大手民泊業者で検索してみました。Airbnbですね。
さっそく中央区にある駅近でいい感じの物件を見つけました。築地にもほど近いマンション、そこのダブルルーム相当の部屋。なんと2人で4泊で29,732円。1人1泊あたりだと約3700円です。安さを武器に父に提案したところ、ふたつ返事で「いいね、それとって」と受け入れてもらえました。
6,000円が3,700円ですからね。デフレの権化みたいな父は大喜びですよ。ところがちょっと問題がありまして、Airbnbでは代理予約は受け付けていないんです。透明性を重視しているとかで、宿泊者本人でなければ予約ができない。
うーん、ただでさえネット社会から置き去りにされている両親なんで難しいかも。まぁ、60超えてますからね。そこで両親の近所に住んでいる兄に頼んで、予約の手続きを手伝ってもらうことにしました。
アカウントのプロフィール写真とかも登録しないといけません。兄がついているとはいえ、両親にとっては壁です。AirbnbではホストがOKと言わないと泊まれませんので、できれば女性、すなわち母が登録した方がいいかもとアドバイスしておきました。
しかし父は僕の助言を無視して、自身のアカウントを作って予約を入れてしまいました。すると意外にもあっさりOKでした。真っ向からチャレンジした感じが好感を得たのかな、などとも思いましたが、なんのことはない。兄に送ってもらった操作画面を見てみると、実はただの不動産業者でした。
不動産業者が空き室をうまいこと活用しているだけでした。とんだ取り越し苦労だったか。たぶん父は何も考えていなかったと思いますが、それが功を奏しました。
そして上京当日。僕は仕事帰りに、両親が泊まっているマンションに行ってみました。そのエントランスで見た掲示物に、僕はハッとしました。
『民泊は禁止です。』
ふたりもマンションに入ったときに顔を見合せたらしく、「そうなの、ダメって書いてあるのよ」と母は笑っていました。これを見た利用者はいい気分はしないでしょう。たぶんそのマンションの管理人や居住者の方に問い詰められることはないと思いますが、両親に気を遣わせたことが僕としてはすこし気がかりです。
それと…、これは僕が悪いのですが、部屋に入るとテレビがありませんでした。あとで確認しても確かにテレビはあるとは書いていませんでした。テレビなんて絶対あるものだと思っていたから、そもそも有無を気にしていなかった。若干ホテル的な感覚でいたので、あるものだと思うというよりはトイレやベッドなんかと同じレベルで存在すると思い込んでいました。
旅だしテレビなんてなくてもと思いましたが、両親にしてみればテレビはあってほしいらしい。まぁそうだよな、天気なんかもテレビで知る人達だ。なにより「4泊」するのですから。
そう、それでどう解決したのかというと、父はなぜかカーナビを持ってきていて、その小さな画面でしのいでいたようでした。普段使っているカーナビ地図で、道を調べるつもりだったのかもしれません。
両親が地元に戻ってから改めて聞いてみました。すると、安さを求めて奔走した息子に「テレビ無かったのはちょっとね。あと玄関とか廊下にあんなにはっきり民泊は禁止です!と書いてあると、もう民泊はいいかなと思ったけど、あんな貼り紙が無ければ、まあ民泊もいいかもね」と愚痴ってくれました。
この状況で、僕はある映画を思い出しました。それは小津安二郎監督の映画『東京物語』です。映画の中で、広島の尾道に住んでいる両親が、東京に住んでいる子供たちを訪ねて行きます。子供たちは忙しいこともあり、良かれと思って熱海に送り出します。ところが泊まった旅館では若者たちが夜通し騒いでいて、ふたりは疲れちゃって1泊だけして東京に戻ってきてしまうという場面があるのです。
結局、東京でも子供たちからは厚遇されずに、戦死した次男の嫁・紀子だけが温かく接してくれたというストーリー。それとちょっと似てるかもと思いました。Airbnbと熱海の旅館、両親と老夫婦を重ねてしまった、そんな話。
イラストは『紀子の家で次男の遺影を見て思い出話をしてたら、紀子が戻ってきたので振り返ったシーン』です。もし興味があったらぜひ見てみてください。